「ランニングしたいけど、老けるって聞いたことがあるんだけど」
先日女性の友人からそんな質問を受けました。個人的に「ランニング始めて老けたなー」と思ったことはないのですが、ひょっとすると私の顔を見ての質問だったかもしれません。
ランニングをする理由の一つに「健康」でありたいというのが誰にもあると思います。一方でランニング、特にフルマラソンは寿命を縮めると聞いたこともあります(都市伝説かもしれませんが)。よくよく考えると確かに相反する要素があるような気がしますね。
私はスポーツ医学のプロではないですが、実際に走っている者として「ランニングは老ける」かどうかを考えてみました。
「老い」の定義
「ランニングしたいけど、老けるって聞いたことがあるんだけど」
この質問には「見た目が老ける」という意味が込められていました。なのでランニングをすると実年齢よりも老けて見えてしまうのでは、という懸念があった様に思います。
個人的な見解になりますが「老い」というのは年齢という「数値」で測るものではなくて、「気持ち」という観点からも測るべきものと考えています。(つまり20歳でもエネルギッシュではなく、後ろ向きであればそれは老いではないかと)
今回は「見た目」という外見と、「気持ち」という内面の二方向からランニングは果たして老けるのか?を考えてみたいと思います。
ランニングは見た目の「老い」を加速させるのか?
どんなスポーツでも継続して続けると体のメカニズムは変わってきます。ランニングでいうと、舗装された地面を蹴り続けると骨密度が高くなり、「骨が強い」という体質に影響を与えます。
「見た目が老けるのか」という質問に対して、コンクリートを蹴り続けるというのは体の皮膚を下げる行為ではあります。加えて長距離のランニングは長時間太陽の光を浴び(肌へのダメージ)、体の脂肪率を下げます。ふっくらした脂肪分は人を若く見せるので、体脂肪を落とす高強度の運動は顔つき、体型は変えてきます。
しかし「じゃあランニングは老けるんだ」ということでもないと思います。脂肪はつきすぎると逆に垂れて皮膚を下げることにもなるので、運動しなければ美容と健康の弊害となります。
ランニングによる体の変化は強度の高い運動をした場合で、上記の影響はある程度調整できるものと考えます。
例えば、
- 太陽の光が強くない時間帯に走る
- 硬くない地面(ジムのトレッドミルなど)を走る
- 強度が低い短い距離を走る
といった適度なランニングであれば、逆に体型を整え健康と若さを保つことになります。運動は基本的に筋力を向上させ皮膚の張りも出てくるので、適度なランニングだと「見た目」を若く維持するに必要な運動だと思います。
ランニングを継続することは心の若さと強さを維持することになる
「老い」というのは「今何歳なのか?」「見た目が若いか」だけではなく、その人の「心の状態」でも測るべきものだと思います。生き生きとした心の状態はポジティブな雰囲気を生み出し、見た目以上に人に好影響を与えます。
マラソンレースは毎回決まった距離を走りますよね。ゴールするまでに長い坂を走ったり、時には雨や風の強い中を走らないといけませんが、ゴールした後ランナー全員が達成感に満ちた笑顔になります。距離が長い、短いは関係なく、「何かをやり遂げるという気持ちを持って実際にやり遂げたという結果」が自分に対する自信をとなり、ポジティブなマインドを生み出します。
歳を重ねるとどうしても人生の酸いも甘いも知り、生きるテクニックを身につけてしまいます。それが自分の限界を知ることとなり、いつしかチャレンジをしなくなってしまう。それが「心の老い」であると考えます。
表情が老けるというのはシワの多さなどではなく、人生を知ったつもりになり気がつけば味気ない毎日を送ってしまっていることだと思います。
まとめ:アメリカ人はランニングしている人を老けてるとは思わない
体を動かすという行為は少なからずエネルギーを消費しますし表情も変わってきます。しかし米国ではそれで「老けたなー」って思う人は全くいません。むしろその人の強さや美しさを感じます。
マラソンを応援している人が路上から「You’re looking good!!」と声をかけているのをよく聞きます。米国では「何かに挑戦している」「自分自身に勝とうとしている」姿はとても美しく、非常にリスペクトされます。
何かにチャレンジすること自体は肉体的にも精神的にも若いということなので、老けてしまったということではありません。
楽しいことをやり続けると後から結果が付いてくると言われているように、「見た目の美しさ」もランニングを心から楽しんでいると若々しさが表情にも現れてきて、「実年齢より若いね!」と言われるようになるんだと思います。